丹後・若狭 その1
2009年の4月から2012年の9月まで京都府舞鶴に住んでいて、友達にはだいたい帰省の度にやれ田舎だの閉鎖的だの愚痴を言っていたけれど、ここでちょっと改めて何度かに分けてあの辺りの事や向こうでの生活について書いておこうかと思う。
多分、向こうで過ごした3年半は自分にとっても大事な時期だったとも思うし、記録のためにもまだ覚えてる今のうちに書いておくのが良さそうだ。
それにこっち(関東)に住んでいる人にとっては仕事上のつながりでも無い限りそうそう訪れることが無さそうな土地だから、そういう意味でも書くと面白いかもしれないね。
そうそう、一応最初に断わっておくと田舎で嫌だなって思ったのはせいぜい最初の1年か1年半のこと。
その後はなんだかんだ言いつつ結構馴染んでしまって、先月離れる時には正直言ってかなり名残惜しく感じるほどになっていた。
なので、これから何回か書いていく時もそういう視点になるかと思う。
とはいえ、会社の同期とともに初めて舞鶴に移動したときは「いったいどこに連れて行かれるんだ?」という気持ちになったのをよく覚えている。
これは何と言ってもJR舞鶴線のせい。
関東から舞鶴に行く場合、新幹線で京都まで行き、そこで舞鶴線の特急に乗り換えるというのが一般的なパターンなんだけれども、その舞鶴線がなかなかにローカルなのだ。
まず、舞鶴の中心地(と言うほど栄えてないが)である「西舞鶴駅」「東舞鶴駅」まで直通で行く特急は2時間に1本、途中で1回乗り換えるタイプを入れても1時間に1本しか無い。
さらに、車両が古い。
これは2011年に新型車両が導入されたおかげで大幅に改善されたけど、それまではあの国鉄チックなクリーム色に赤い帯が入った古めかしいのしか無かった。
嘘か本当か、これが嫌で舞鶴に出張に行きたくないという人の話を聞いたこともある。
当時は、たまに使われる三セクの北近畿タンゴ鉄道の車両がまだ当たりの方で、これはシートなんかの内装が良かったから当たるとちょっと得した気分だった。(でもディーゼル)
ちなみにこちらは2011年以降の今も使われている。
そして何より、車窓からの風景が半端無く田舎、というか山の中なのである。
京都駅を出ると二条、太秦、嵯峨嵐山あたりを通り、ここまではまだ町中でいいのだけど、保津川と山を抜けると景色が一変、のどかな田園風景になる。
それでも亀岡、園部まではぎりぎり京都都市圏のベッドタウンという感じがあってまだいい。
問題は園部から先。京都を出て30分もすると完全に「日本昔話」の世界になるのだ。
ちなみにたまに鹿が見れる。
余談だけれど、このあたりを通ると「昔話」ってやはりこっちの方で生まれたものなんだなぁ、と実感する。
里山に農家があって、おじいさんや侍が山をいくつか越えて…というあの風景、
関東や、子供の頃よく行っていた青森には無い地形で全然リアリティを感じられなかった。
青森で山越えるなんて言ったら大変だし、横須賀では山間にある里山ってのが無い。
それが、京都~舞鶴間(いわゆる丹波あたりか)には全くそのままの景色がある。
確かに舌切雀やちょっとした赤鬼ぐらい想像できそうな感じなのだ。
だから、このあたりはやっぱり都に近くて早くから認識をされていた場所で、今の感覚だと同じ田舎ではあるもののその点で青森とは大きな違いがあるのだと思う。
話を戻して。。。
そんな感じで、海のある町に向かっているはずなのに、電車はどんどん山の中に入って行き、初めての時はそれはそれは不安になったものだ。
窓からは店も全然見えないし、このあたりで「まもなく舞鶴」とか言われたらどうしようとか本気で心配してた。
それが、舞鶴に入るとちょっと雰囲気が変わって町になってくる。
と言っても都会の感覚からすると十分すぎるぐらい田舎なんだけど、山を抜けてきた後だと住宅街っぽいところや見知ったチェーン店が見えてくるとやっぱりそう思うのだ。
ここでようやく、一緒に乗ってる同期と胸をなでおろした記憶が鮮明にある。(いや、マジで。)
京都から約1時間40分。今は慣れちゃったから長いとも思わないけれども。
そんなこんなで初めて舞鶴に降り立ったのはもう暗くなり始めていた時間だったせいもあって、正直言って町の第一印象ってのはあまり覚えていない。
ただ、タクシーの車窓から見た海沿いの赤レンガ倉庫がいい雰囲気を出していて、何か良いなって思った気がする。
ちなみに、舞鶴は旧海軍時代の赤レンガ倉庫群が割と有名で「赤レンガの町」としてPRしたりしてる。
ものとしては横浜の赤レンガ倉庫みたいなものなんだけど、舞鶴ではそのほとんどが今も現役で、横浜みたいに小奇麗な公園みたいになってないのが違う点かな。
会社の近くにあって毎日見てたせいで今は何も感じないけど、まあ普通に見ればなかなか悪くないと思う。
そしてその赤レンガの脇を抜けてちょっと小高いところにタクシーが差しかかった時、舞鶴の造船所の岸壁で建造中の、オレンジ色の船が遠くに見えた。
一緒にタクシーに乗ってた同期と「おお、あれか~」みたいに話したのをよく覚えている。
その船が、いま横須賀にいる砕氷艦「しらせ」。
当時の舞鶴は、「しらせ」の完成をあとわずかに控え、盛り上がっていた。
・・・おっと、舞鶴や若狭の一般的な紹介をするつもりが完全に思い出のストーリーっぽくなってしまった。
次からは普通に、一般的なことを書きます。